二八そばの由来
「二八そば」の解釈については、様々な議論がされてきているが、「二八、十六」の語呂でそば一杯を十六文とする代価説と、そば粉八割につなぎである小麦粉二割で打ったそばを表したものとする混合率説とに大別されるが、どちらが正しいかといった結論はいまだ出ていない。
「二八そば」の言葉が最初に登場する文献として『衣食住記』があり、二八そば享保起源説を立てる根拠となっているが、残念ながら「二八」の意味までは触れていない。
また、寛延四年脱稿の『蕎麦全書』にもその由来については書かれていない。
代価説を退け混合率説を取っている文献は、慶応元年刊宮川政運著『俗事百工起源』と、同四年刊喜多村香城著『五月雨草子』で、二八とは十六文という意味だと世間では言われているが、実はそば粉八割につなぎの小麦粉二割で打ったそばのことだと述べている。
しかし、「二八」はそばだけでなくうどんにも使われていて、「二八うどん」というものもあったから、単純に混合率説を当てはめても説明がつかない上、「一八そば」「二六そば」「三四そば」にいたっては、明らかに混合率とは考えにくい。
そこで、そばの値段が二十文を超えた慶応年間を境にして、それ以前は代価説、以降は混合率説と解釈するのが妥当だろうということになる。 |